【2025年第3四半期】マレーシア正規雇用賃金動向の分析
本レポートは、マレーシア統計局(DOSM) が発表した2025年第3四半期のデータを基に、各産業における正規雇用者の賃金動向を可視化したものです。賃金水準、成長率、そして雇用者数の関係性を図表を用いて解説します。
1. マクロ概況:主要経済活動における賃金動向
まず、雇用市場全体の構造を把握するために、5つの主要経済活動(農業、鉱業、製造業、建設業、サービス業)の動向を確認します。以下の図は、縦軸に前年同月比(YoY)の賃金成長率、横軸に賃金中央値、そしてバブルの大きさで正規雇用者数を表しています。

主な観察点:
- 二極化の傾向: 図表の右上に位置する鉱業は、RM6,000を超える高い賃金中央値と高い成長率を示していますが、バブルのサイズは極めて小さく、雇用吸収力は限定的であることがわかります。
- 雇用の主体: 一方、サービス業と製造業は雇用市場の大部分を占めています。特に橙色(オレンジ)の大きなバブルで示されるサービス業は、賃金中央値がRM3,000前後、成長率も比較的緩やかであるものの、マレーシアにおける最大の雇用受け皿としての役割を果たしていることが見て取れます。
- 農業は左下の端に位置しており、賃金水準および成長率の双方において最も低い水準に留まっています。
2. 第2次産業:製造業サブセクターのパフォーマンス
次に、経済の主要な柱である製造業内部の動向を詳しく見ていきます。製造業と一口に言っても、サブセクターごとにそのパフォーマンスには大きなばらつきが存在します。

主な観察点:
- 唯一の「全国中央値」超え: 図表の最も右側に位置する「飲料・タバコ」は、製造業の中で唯一、全国の賃金中央値(赤色の点線)を上回っているサブセクターです。
- 主力産業E&Eの安定的な推移:製造業最大の雇用を支えるE&Eは、中央値付近で底堅く推移しています。成長率は2%台と落ち着いていますが、これは世界的な需給サイクルの中での「安定化」を示唆しています。
- 労働集約型産業の課題: 対照的に、左上に位置する「繊維・アパレル」などの労働集約的なサブセクターは、成長率こそ高いものの、絶対的な賃金水準は依然として最も低い部類にあります。
3. 第3次産業:サービス業における構造的な乖離
最も多くの雇用を抱えるサービス業ですが、その内部構造は非常に不均質であり、 「高付加価値セクター」と「労働集約型セクター」の二極化が顕著です。
3.1 サービス業サブセクターの動向

主な観察点:
- 高賃金グループの「孤立」と「実利」: 図表の右端に位置する「金融・保険(RM6,000)」 および 「情報通信(RM5,300)」は、全国中央値の約2倍という極めて高い賃金水準を誇っています。成長率(%)自体は一見低く見えますが、高いベース賃金に基づいているため、 実額ベースの賃金上昇 は大きく、高付加価値産業としての強さを示しています。
- 情報通信の「独り勝ち」モメンタム: 特筆すべきは「情報通信」 の軌跡です。他の多くのセクターが成長率を落とす(矢印が下向き、または横ばい)中で、唯一明確な上昇トレンド(右上がり)を示しています。これは、DX需要などを背景に、同セクターの賃金上昇圧力が依然として加速していることを示唆する重要なシグナルです。
- 雇用のマジョリティは「低賃金」に集中: 対照的に、図表の左側に位置する「卸売・小売」 は、RM2,500という低い賃金水準にありながら、サービス業最大の雇用規模(巨大な青いバブル)を有しています。同様に 「飲食・宿泊」 も RM2,000付近に留まっており、これら生活関連サービス業が雇用の受け皿となっているものの、賃金水準の押し下げ要因となっている構造が鮮明です。
3.2 サービス業の「中央値の罠」
サービス業の賃金構造が全体の中央値にどのような影響を与えているかを視覚的に理解するため、以下の図では各サブセクターを賃金順に並べ、その幅で雇用者数の構成比(シェア)を表しました。

主な観察点:
- 構成比の影響: 図の右側にある金融や情報通信は高さ(賃金)がありますが、その幅(雇用者数シェア)は非常に狭くなっています。
- 中央値の位置: 赤い点線で示された人口の50%ライン(中央値)は、卸売・小売や飲食セクターに隣接する「その他サービス」の区間に位置しています。
- 構造的現状: この可視化により、サービス業従事者の大部分が賃金水準の低い小売・飲食部門(左側の幅が広いブロック)に集中しているため、一部の高賃金セクターが存在しても、全体の賃金中央値が低位に「アンカー(固定)」されている構造が明らかになりました。
4. 賃金階層分布の推移:固定化する低賃金層
サービス業を中心とした低賃金構造が、時間とともにどのように推移しているかを確認するため、月次の賃金階層分布(100%積み上げ棒グラフ)を分析しました。

主な観察点(2024年7月~2025年9月):
- 低賃金層の「重力」: グラフ下部の寒色系のエリア(RM 2,999以下)が、期間を通じて圧倒的なシェアを占め続けています。サービス業や労働集約型製造業の影響により、15ヶ月間、この層の割合に目立った縮小は見られず、低賃金層からの上方移動(Upward Mobility)が国全体として停滞していることが示唆されます。
- 高所得層の希薄さ: グラフ最上部の赤色系のエリア(RM 10,000以上)は視覚的に確認できますが、その厚みは非常に薄いままです。これは、高所得層が正規雇用全体に占める割合が極めて限定的であることを示しており、中間層の厚みを欠いた「ピラミッド型」の分配構造が浮き彫りになっています。
5. 地域分布:経済活動の地理的マッピング
最後に、マレーシアの地理的な経済格差を確認します。
5.1 4つの経済圏(Geographic Context)
まず、マレーシアの16州を4つの主要な経済圏に分類します。

- 中部(赤): クアラルンプール、セランゴールなど、首都圏を含む経済中枢。
- 北部(青): ペナン、ケダなど、E&E産業が集積するエリア。
- 南部・東海岸(緑): ジョホール(南部)の製造業拠点と、パハン・クランタン(東海岸)の資源・農業エリアを統合した広域経済圏。
- 東マレーシア(紫): サバ、サラワク、ラブアン島を含むボルネオ島エリア。
5.2 労働市場の「実像」:中央値と密度の視覚化
各州の経済力を測る際、「平均値」は一部の高所得者に引き上げられるため、実態を見誤るリスクがあります。そこで、より実感に近い「中央値(黒線)」 と、市場の厚みを示す 「労働力密度(ドットの量)」を可視化しました。

主な観察点:
- 中部(赤)の圧倒的集積: 図表最上部のクアラルンプール(RM4,064) と セランゴール(RM3,127)は、最も高い賃金水準を示しているだけでなく、ドットの密集度が極めて高く、圧倒的な「雇用吸収力」を持っています。
- 北部(青)と南部(緑)の製造業ハブ: 次いでペナン(青:RM2,927) と ジョホール(緑:RM2,600)が続きます。これらは製造業の拠点として雇用規模(ドットの量)も非常に大きいですが、賃金水準は中部地域と比較すると一段低い水準に留まっています。
- 東海岸(緑下位)と東マレーシア(紫)の課題: 同じ緑色でも、 クランタン や トレンガヌ は図表の下部に位置しており、ジョホールとは明確な差があります。また、紫色の サバ・サラワク も帯が薄く、産業集積の不足が賃金上昇を阻むボトルネックとなっています。
- 行政都市の特殊性: プトラジャヤ(赤)は賃金水準こそ高いものの、ドットは線のように細く、データ上の雇用者数は極めて限定的です。これは、同地域で働く多数派(年金受給対象の公務員)が統計に含まれていないためです。
5.3 地域別サマリー
これらを踏まえた各地域の全体像は以下の通りです。


主な観察点:
- 中心部の優位性: クアラルンプールとセランゴールは図表の右側に位置し、最も高い賃金中央値と最大の雇用規模(バブルの大きさ)を記録しています。これは、前述の高賃金サービス業(金融・IT)や高付加価値製造業がクランバレー地域に集積していることと整合します。
- 他州の動向: これにペナンやジョホールが続いており、これらは製造業の基盤が強い地域です。その他の州は主に図表の左側に分布しており、各地域の産業構造が賃金水準に直接的な影響を与えていることがわかります。
まとめ
本四半期のデータ分析から得られた主な知見は以下の通りです。
1. 賃金構造の二極化
マレーシアの労働市場は、高賃金の「専門職(ICT・金融・鉱業)」と、雇用吸収力の大きい「一般サービス業」との間で二極化が進んでいます。全体の賃金中央値は、母数の大きいサービス業の低い賃金水準によって下方に押し下げられています。
2. 採用戦略への示唆
上記の構造的要因により、統計上の「中央値」は高度人材の市場価格を反映していません。企業が競争力のある人材を確保するためには、国全体の平均値ではなく、特定のセクターや職種に絞った賃金ベンチマーク(相場)を参照する必要があります。
3. 地域による購買力の差
高所得層はクアラルンプール首都圏や特定の産業集積地に集中しています。その他の地域との購買力格差は依然として大きく、進出やマーケティングにおいては、エリアごとの所得水準を見極めることが重要です。
引用: Department of Statistics Malaysia. (2026, January 27). [3Q 2025] Formal Sector Wages. OpenDOSM.
サイト: https://open.dosm.gov.my/publications/formal_wages_2025-q3
本記事はBridge International Asia Sdn Bhdがマレーシア現地の取材で得た情報をもとに作成しています。
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